菅総理こそ石棺に……(自主規制)

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事態は流動的ですが、自民・公明両党による不信任案は6月3日に提出される見通しです。小沢系による多数派工作がまだ続いているのに、自公は早期提出を決めました。
ここに野党側の本音が示されているわけですが、さて小沢系は今後どういった手を打ってくるのでしょうか(^_^;)

政争は最後には数の力で決着を見るわけなので数の問題は大事です。しかし、それと同等に重要なのが大義名分。
自公による不信任提出なのですから、本来は菅vs.谷垣の構図になるはずです。しかし実際には小沢vs.菅の構図となっている(@_@;)
そこに大義名分の問題が絡んでくるわけです。良かれ悪しかれ小沢と菅の両氏には名分があり、それが対立関係にあるということ。谷垣氏はすでにカヤの外です(^_^;)
では何がいったい問われているのか?特に政局のキーパーソンである小沢氏が何を考えているのか。それを先日のWSJ日本版のインタビュー記事から考察してみます。
すでに御覧になった方も多いでしょうし、長文ですから、リンクだけして必要個所だけを引用抜粋します。
↓↓↓
小沢一郎元民主党代表インタビュー:一問一答(WSJ日本版)
http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_242207

長くとも内容は理路整然としています。出来ればリンク先で直接読んでみてください。決して読みにくくはありません。
はぐらかすところははぐらかしています。不信任への賛否は「よく考えているところ」自分が首相になる気はあるのかという問いには「天命の命ずるまま」
まあ、こういう質問は正直に応える類でもありません(^_^;)
有権者にとっては関心の深いテーマであるところの脱原発については「過渡的エネルギーとしてはある程度、大口電力供給のためにも仕方がない」といったんは原発を認めます。
しかしすぐに続けて「だが、高レベルの廃棄物を処理できないからいずれ、新しいエネルギーを見出さなければいけない」と。暫進的な原発撤廃を示唆するのでしょうが曖昧です。
取り様によっては菅内閣よりも後退した態度と見えます。曲がりなりにも菅内閣は具体案(?)を挙げて脱原発を指向しているのですから(^_^;)

と、いうより、いまの小沢氏には脱原発への興味が浅いのでしょう。小沢氏が力を入れてしゃべったところは別にあります。
それは「いかに原発事故を収束させるか」という点。
「もう2カ月以上、70日になる。原子炉がコントロールできない状況に置かれている……私は客観的な見方をする学者の先生から、この状況は燃料の熔融や炉が破損して、非常に危険な状況だということを聞いていた」
「私もそうだが、ほとんどの人たちが、不安と不満を募らせているというのが現状だ。やはりその最大の原因は、民主党が掲げてきた、政治家が自ら決断して政策を実行するということが行われていないためだ」
「政府が先頭に立って、政府が対応の主体とならねばいかんというのが、私の議論だ。東電はもう、現実何もできないだろう。だから、日一日と悲劇に向かっている」
「政治家が自ら決断し、国民のための政治を実行する。今回の原子力の話だけではない……しかし、それは何かというと、それはイコール責任だ。決断したら決断した者の責任が生じることは当たり前だ。責任のない決断はない」

決断と責任を繰り返し強調して菅政権の事故対応を批判しています。さすがは「決断と実行」の田中角栄元首相の弟子です。しかし原発事故を「決断」と「責任」で収束させることが出来るものなのかどうか…(*_*)

もっとも逆に言えば「決断」と「責任」が要求される荒療治を考えているともとれます。小沢氏は原発の現況に関する情報をこまめに集めています。
「このままでは。汚染はどんどん広がるだろう。だから、不安・不満がどんどん高まってきている。もうそこには住めないのだから。ちょっと行って帰ってくる分には大丈夫だが。日本の領土はあの分減ってしまった」
「あれは黙っていたら、どんどん広がる。東京もアウトになる。ウラン燃料が膨大な量あるのだ。チェルノブイリどころではない。あれの何百倍ものウランがあるのだ」


結構ショッキングな発言です。ですが仮にも首相をしのぐ権力者だった人が海外向けに発した情報です。単なる無責任なデマとは違います。
注目すべきは「チェルノブイリどころではない」の一言でしょう。
そして「政府が本当のことを言わないから、皆大丈夫だと思っている」と、情報を隠す菅政権と有権者に対し厳しい視線を投げかけています。
チェルノブイリ以上だということ。それは現在の東京電力が進める「工程表」とは全く異質の収拾方法が求められることを意味します。結局そこが小沢氏による菅批判の本論です。
「どうでもいいことならそれでいいが、原発の放射能汚染の問題は、ここまで来ると、東電に責任を転嫁しても意味がない」
「事態は分かっているのだ。何が起きているかってことは、ほぼ。東電が分かっているのだ。東電が分かっていることは、政府も分かっているのに決まっている。だから、私が言ったように、他人に責任をなすりつける話ではない」
「隠していたらどうしようもない。それを前提にして、対応策を考えねばならない」

チェルノブイリ以上を前提に対応策を考える。小沢氏がインタビューで言いたかったことはそこなのです。
せっかくのインタビューが政局話に収斂されたのは不本意だったことでしょう(^_^;)

では小沢氏の考える収拾策とは何か。それはチェルノブイリで取られた石棺方式と考えて間違いありません。
原子炉全体をコンクリートで固める石棺は作業員に被曝を強います。それには小沢氏の言う「決断」と「責任」が必要となります。ある意味で恐ろしい「決断」なのです(@_@;)
ここで参考資料を二つだけ上げておきます。
↓↓↓
5月30日 1号機の循環注水冷却は不可能 小出裕章 (zakzak)(小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ)
http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/05/30/zakzak-may30/?utm_medium=twitter&utm_source=twitterfeed
 小出裕章・京都大原子炉実験所助教(原子核工学)は、年内収束を目指す工程表にはもともと無理があったとみている。
 「東電は収束の合理的な見通しを示していない。政治側から言われて、無理やりロードマップを書いたのではないか。現在進めている循環注水冷却もメルトダウンした1号機では格納容器自体がすでに大きく損傷していると考えられ、不可能だ。あきらめて原子炉建屋周辺を含めた全体をセメントなどで覆い、汚染を広げないようにするしかない」

「福島原発 暴発阻止行動 プロジェクト」
http://bouhatsusoshi.jp/
結成へむけて
 福島第一原子力発電所の現状についてはいまさら説明するまでもありません。しかし確認しておかなければならないことは、次の事実です。
1.暴発を防ぐためには、ホースによる散水のような一時的な処置ではなく、10 年の単位の時間安定して作動する冷却設備を設置し、これを故障することなく保守・運転し続けなければならない。
2.この冷却設備の建設・保守・運転は、すでに高度に放射能汚染された環境下で行わざるを得ない。
3.もし、安定した冷却設備を建設・保守・運転できなければ、3000 万人もの人口を抱える首都圏をも含めた広範な汚染が発生する可能性がある。
 このような最悪のシナリオを避けるためには、どのような設備を作ることが必要か、放射能汚染を減らすためにどうしたらよいか、などなど、数多くの技術的課題があることはもちろんです。この点についても日本の最高の頭脳を結集した体制ができていないことは大きな問題です。さらにもう一方では、最終的に汚染された環境下での設備建設・保守・運転のためには、数千人の訓練された有能な作業者を用意することが必要です。現在のような下請け・孫請けによる場当たり的な作業員集めで、数分間の仕事をして戻ってくるというようなことでできる仕事ではありません。
 身体の面でも生活の面でも最も放射能被曝の害が少なくて済み、しかもこれまで現場での作業や技術の能力を蓄積してきた退役者たちが力を振り絞って、次の世代に負の遺産を残さないために働くことができるのではないでしょうか。
 まず、私たち自身がこの仕事を担当する意志のあることを表明し、長期にわたる国の体制として退役した元技能者・技術者のボランティアによる行動隊を作ることを提案し要求していきたいと思います。
 当面次のことを提案します。
1.この行動隊に参加していただける方を募集します。原則として60 歳以上、現場作業に耐える体力・経験を有すること
2.この行動隊を作ることに賛同し、応援していただける方を募集します。
なお、このプロジェクトは直接的には国会や政府に対する働きかけと、広く人々にこの行動隊が必要であることを訴えることを活動の中心とします。状況が流動的なこともあり、進展に応じて様々な面への活動を広げていくこともありうると考えます。


小沢氏インタビューの内容とよく似たことを両者が述べているのは注目に値するでしょう。

いくら原発事故といえども、被曝を前提に作業を強いるのは恐ろしい決断です。狂気と言ってもいいと思います。
戦後の価値観を根本的に否定するような決断です。これは日本国内を探しても小沢氏にしかできない決断でしょう。
戦後の価値観を、良かれ悪しかれ多く受け継いだ(受け継ぎたい)菅総理には絶対にできない決断です。菅総理が優柔不断だというよりは、根本的に立場が違うのです(;一_一)

菅総理の「脱原発」には、事故の早期収拾をあきらめた代償としての側面が多分にあります。
菅総理は本来、脱原発の人ではないのです。今の「脱原発」は有権者の声に押されて渋々しているようなものです。
菅総理にしてみたら「オザワだって事故の早期収拾は難しいはずだ」と思っているに違いありません。「だから脱原発を優先するのだ」とも思っているでしょう。
しかし小沢氏にはそれが無責任な逃げの態度に移ります。両者の対立はそこにあります。

しかし小沢氏がいくら覚悟を決めても、そこまで劇的な対応策をとることを有権者が許容するかどうか…(*_*)
さっきも言った通り「石棺」は戦後の価値観を根本から破壊するような危険な作業なのですから…(>_<)
そこまで含めて、いまの不信任を巡る政争が戦われているのです。

自公提出の不信任が最終的にどうなるのかは予断を許さぬ状況です。と、いうか、不信任案が通るかどうかは本質的な問題ではありません。
本質は「石棺」を巡って「戦後」とは一体何だったのかを巡る争い。しかし、出来ることなら穏便に済ませてもらいたいものですな(^_^;)

離党は囮(リトオハオトリ)

鳩山さんはどこに行ったの??
お粗末さまでした(^o^)
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テーマ : ほっとけない原発震災 - ジャンル : 政治・経済